所用でロイが席を外していた時、ふと思い出したようにファルマンがエドワードに尋ねた。丁度皆が休憩中だったというのもあるかもしれない。
「中将は自分の身体を戻さなかったんですか?」
思わずその場にいた全員の手が止まった。そういえばアルフォンス以外の誰もその件については訊いたことがない。
「あー、これか? 戻そうと思ったら戻せたんだけどさ」
「ではどうしてです? 機械鎧は手入れも大変でしょうし、夏は暑いし冬は寒いってエドワード君も言ってたでしょう?」
重ねてフュリーが尋ねる。それも尤もなことだ。東方司令部に軍属として出入りしていた頃、よく愚痴っていたのをエドワードも覚えている。
右手の白手袋を外し、ギュッと拳を握った。ベアリングの軋む小さな音が響く。
「フュリー准尉、鋼の錬金術師の外見的特徴は?」
「え? あ、金髪金眼の少年で、黒衣と赤いコートを身に纏い右腕と左足は機械鎧……」
「その通り。有名になりすぎたんだよ、俺は」
自嘲の笑みを浮かてエドワードは呟いた。それはアルフォンスにも説明した理由だった。本当はもっと違う、別の理由もあるのだけれど。それは彼以外に説明しても意味がない。出来れば知られたくない、少し恥ずかしい理由だから。
「とか言って、実は最初に准将に見せたかっただけだったりしてな」
ニヤニヤ笑って言われたハボックの言葉に、瞬間エドワードの頬が赤く染まった。それはもう、普段が白皙の肌をしているのだからその変化は顕著で。
「あー、なんだ、やっぱりそうなんだ? 兄さんってば照れ屋なんだから」
「う、五月蝿い! そこら辺は気付いてても知らない振りをするところだろ!」
「おーおー、真っ赤になっちゃってまぁ」
そこで突っ込んで来るのが遠慮を知らないアルフォンスとロイの部下だ。中央組は微笑んでエドワードを見つめている。
「エドワード君、本当に准将のことが好きなのね。あの人のどこをって訊いてもいいかしら?」
ホークアイまでもがそう言うのだ。彼女もすっかり染められているらしい。
「もー、勘弁してくれよ……」
「あ、俺も聞きたい。いいじゃないか、エド。この際暴露しちまえよ」
ブレダも突っ込んできた。こういう時、公認というのは少し困る。
「あーもー、言えばいいんだろ、言えば。最初に気になったのは焔を練成する時の指先。綺麗だよなぁとか思った。それから瞳。アイツの目ってさ、純粋な黒じゃないんだよな。よく見ると奥が深い青なんだ。それも珍しいなって思った。でも、一番好きなのは……」
散々照れていたくせに、いざ話し始めるとエドワードは饒舌だった。惚気話を聞いているような気分になったが、誰も止めない。それどころか瞳の話では「お前知ってたか?」と互いに顔を見合わせている。
「一番好きなのは背中、かな。過去とか罪とか覚悟とか、野望とか……全部背負った潔い背中。アレに憧れた。それが、アイツを好きかもしれないって思った最初」
エドワードを導いてくれたどの言葉よりも、眼差しよりも、向けられた背中こそが多弁にロイ・マスタングという男を語っていた。ピンと伸びた背中に、自分もいつかああなりたいという憧れを覚えた。
罪人の烙印を押された自分だけれど、背中だけは真っ直ぐに伸ばして自分の道を歩みたいと思った。過去を悔やまないわけではないし、その時々で様々な苦悩を抱えるだろう。けれど、他人に見せる背中だけは潔く凛としていたいと。
「あーもう、アイツには絶対内緒な! 今まで言ったことないんだから」
「それにしちゃあ大将、随分惚れ込んでるっスね」
「仕方ないだろ? じゃないと待たないって」
「あー、まぁそうでしょうけど」
やれやれ、言いたげな顔で皆が温い笑みを浮かべた時、やっと話題の主であるロイが部屋に戻って来た。微妙な空気を察知し、怪訝そうな表情を浮かべる。
「鋼の? 何かあったのか?」
「いーや、別に?」
笑って誤魔化されると、それ以上は突っ込むことが出来ない。しかしそこでロイはエドワードの鋼色に輝く右腕を目にした。
「……その右腕は……」
「あれ? アンタには見せたことなかったっけ? 俺の右腕、肩まで機械鎧なんだよ。あと左足もな」
「あぁ、だから私服の時でも手袋をしていたのか……」
自分が発火布を使用するせいでさほど違和感を覚えなかったが、よくよく考えれば奇妙なことだ。プライベートもオフィシャルも、いつもエドワードは手袋を手放さなかったのだから。
「気にするなよ。これだって俺の一部なんだ。ちょっと見苦しいと思うヤツがいるかもしれないから普段は隠してるけどな」
「見苦しいなど……! そんなこと思うわけがないだろう!」
力説し、そこでハッとロイは我に返った。その場にいた全員の視線が集中放火宜しく降り注いでいる。
「あー、つまり私の言いたいのは……」
「機械鎧の手術を受けてリハビリを乗り越えただけでも凄いんだから、劣等感を持たずに堂々としろ?」
「そうだ。同じことを誰かに言われたのか?」
「まぁね、三年前のアンタに」
にっこりと微笑んでエドワードは言い、おもむろに手袋を再び嵌めた。
同じことをもう一度、記憶を失っているロイが考えたとなれば。それは彼が些かの変わりもないことの証拠だ。彼の本質が何一つ変っていないことの証拠だ。
勿論、腕と足を失った経緯については明かす必要などない。ロイもその辺りは判っているだろう。記憶を取り戻せば、今自分が知りたいことの答えが全て判るのだと。
「さて、と。准将が戻られたんですから休憩は終わりですね。しっかり働いて頂きましょうか」
爽やかな笑みを浮かべてアルフォンスが告げた。
それはそんな昼下がりの1コマのこと。
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