その日、世界が崩壊する音を久し振りに聞いたと思った。
何の物音もしない、ひたすら白に塗り潰された部屋。とりあえず軍部に提出する報告書をいつもの要領で書き上げたエドワードは、それをもう一度最初から読み直し不味いところがないかどうかチェックしてからペンを置いた。まぁ何かあればホークアイが手直しをしてくれるだろうことは判っている。文書と口頭の報告の辻褄合わせはここに来る前にしておいたので、その辺りに抜かりはない。
後はロイが目覚めるのを待って、彼に口裏を合わせて貰えばいいだけのことだ。子飼いの錬金術師が事件を解決したのだと。それは彼にとって評価を上げこそすれ、決して不利な結果にはならないことなどこの四年近い年月の間で悟っている。……彼の怪我さえ隠し通せれば。
そしてちらりと視線をベッドで眠っているロイに向けた時、エドワードは思わず呼吸を止めた。黒い、そして意外に長い睫毛が僅かに震えた。ゆっくりと露わになる、告げたことはないけれど実はエドワードの大好きな深い漆黒の瞳。
思わず声をかけそうになって、しかしそれはロイの口から出た言葉によって封じ込められた。恐らくは、永遠に。
まだ現状が把握出来ていないのか、ロイは包帯の巻かれた自分の腕をゆっくり持ち上げ、それから徐に部屋の中へ視線を流した。彼の視界に、エドワードが入る。
その時聞いた言葉を、エドワードは一生忘れないだろうと思った。
「何者だ? 何故この部屋にいる?」
頭の中で、ロイの言葉が反響する。彼らしくなく、エドワードは呆然とロイを見つめた。金色の瞳が零れ落ちそうなほど大きく見開かれる。
「おい、聞こえているのか?」
苛立ちも露わなその声に、エドワードは知らずギュッと拳を握った。答えなど、一つしかなかった。ただ、あまりにもショックで。
こんな形で喪うこともあるのかと、どこか冷静な部分が嗤っている。
「司令部に連絡を入れてきます」
言えたのは、ただそれだけだった。
「おい、待ちたまえ」
「失礼します」
待つことなど、出来ようはずもない。今のエドワードに彼と二人きりで話すことなど出来そうになかった。
割合東方司令部から近い位置にその病院はあったため、ホークアイとハボックはすぐにやって来た。一階のロビーの椅子にぼんやりと座り彼らを待っていたエドワードは、二人の姿を見てへにゃりと力ない笑みを見せた。
「エドワード君、何があったの? 大佐は?」
「……目は覚めたよ。でも多分……記憶がない」
「記憶がないって、そりゃどういうことだ?」
「言葉の通りだよ、少尉。疑うなら、自分の目で見て来たらいい」
俺は行きたくない。呟くように言って、エドワードは背を椅子に預けた。その姿は、つい何時間か前に軍服を来てテロ鎮圧の指揮を執っていたとは思えないほど消沈したもので。彼の言葉が真実であると、二人はそれだけで悟った。
「じゃあ、ここで待っていてくれるかしら? そういうことならもう少し話を詰めないとマズイでしょうし」
「……判った。大丈夫、逃げたりなんかしないから」
「ええ。ハボック少尉、エドワード君をお願いね」
「判ってますって」
にっこり、安心させるようにホークアイは微笑むと、一人でロイの病室へと向かった。コンコン、ノックをしドアを開ける。部屋の中に入ると、絶対安静を言い渡されているはずのロイがベッドに半身を起こしているのが見えた。
「大佐、ご気分は如何ですか?」
些か冷たい物言いになっても無理はないだろう。何しろホークアイも可愛がっていたエドワードを、こともあろうに忘れてしまった男の前なのだ。いくら上司とはいえ、許せることと許せないことがある。恋人を忘れた男など、尊敬するにも値しない。
「……何を怒っているのかね、少尉。それに、私が大佐だと? 寝惚けているのか?」
「寝惚けていらっしゃるのは大佐の方です。大佐は四年以上前から大佐ですよ」
「四年? ……つまり、君は……」
「中尉です。……大佐、一つお伺いしますが今何歳ですか?」
「藪から棒に何を訊くつもりだ? 今年二十五になるところだ」
つまりここ五年の記憶がすっかり抜け落ちている、そういうことか。ホークアイは納得し、そして溜息をついた。
(まったく、これだから無能と呼ばれるのよ)
そんな憎まれ口を叩きたくなっても仕方がないだろう。実際、ロイが記憶喪失になったということがこれから先どこにどれほどの影響をもたらすか、彼女の明晰な頭脳をもってしてもまだ計算が出来ない。それだけホークアイも現状には驚いているのだ。ただ、エドワードほどにはショックを受けなかったというだけで。
「もう一つ訊く。先ほどこの部屋にいた子供は誰だね? 私の顔を見るなり恐ろしいものを見たような表情になって部屋から出て行ったが」
「本当に覚えていらっしゃらないんですか?」
「だから訊いている」
真剣そのものの表情で尋ねるロイには、本当に心当たりがないようだった。確かに五年前まで記憶が戻っているのであれば、まだエドワードには出会っていない可能性もある。しかしよりによって恋人を、しかも生まれて初めて恋をしたという相手を忘れるとは。
「彼はエドワード・エルリック中佐相当官です」
「中佐相当官? あの子供が? ……そうか、国家錬金術師か」
「はい。彼の銘は『鋼』です。資格を得てから今年で四年目になります」
そう言うと、途端にロイは驚きを隠せないという顔になった。
ああ、そうだ。この頃はまだ今よりも表情に変化があったのだ。長く軍部にいればいるほど、面の皮というものは厚くなるものだから。
ホークアイは感慨深くそれを見守っていた。勿論、彼女自信は冷静沈着というスタンスを崩すことはないが。
「……ちょっと待ちたまえ。四年前というと、何歳だ? 今だってどう見ても十二、三歳だろう?」
「彼はもうじき十六です。資格を取ったのは十二歳の時で、それ以後は大佐が後見人を務めておられました」
そこまで説明すると、ロイは何事か思案するように口を閉ざした。どうやら記憶を探っているらしい。
「中尉、その鋼の錬金術師はもしかしてリゼンブールの出身かね?」
「そうですが、思い出されたのですか?」
「いや、つい最近その書類を見たばかりだったからな。私の中の時間では明後日にそのエ
ドワード・エルリックとかいう人物をスカウトに行くはずだったんだが……、確か三十一歳ではなかったかね?」
「記載ミスです。彼は当時十一歳でした」
気が付いたのはリゼンブールに着いた後でしたけれど。
続けてホークアイが言うと、だろうなとロイは頷いた。最初から記載されていたのが十一歳の子供であったならば、ロイ自ら会いに行ったかどうか判らない。恐らくは何かの間違いだろうと、鼻にも引っかけなかったはずだ。
「で、彼はどうしている?」
「どう、とは?」
「鋼のだよ。何故ここに来ない? 私に何か用があったのではなかったのか?」
「……大佐、それを本気で仰っているならば撃ちますよ?」
ジャコッ、目にも止まらぬ速さで抜いた銃をホークアイはロイの眉間に突き付けた。怪我人だろうと手加減はしない。
「エドワード君がどれほど傷ついたか、判らないわけではないでしょう?」
だがロイは首を傾げた。何故あんな子供が傷つくのか、その理由が本気で判らない。確かに存在を忘れられたというのはショックかもしれないが、あそこまであからさまに怯えた顔をしなくてもいいだろうにと思うのだ。
「ただの後見人と軍属の子供の関係だろう? 私の性格上、さして深い付き合いをしていたとは思えないし」
「……そうですね。以前の大佐ならばそう仰ったかもしれません」
「あの年で軍の狗を名乗るくらいだ、錬金術の腕はそこそこかもしれないが、所詮は子供だ。軍務に使えるわけでもないし」
言い切ったロイに、ホークアイは紙の束を差し出した。サイドテーブルに載っていたそれは、先ほどまでエドワードが纏めていた報告書。受け取って暫くのうちロイは怪訝そうな顔をしていたが、読み進めるに従ってその表情が僅かに変化したことにホークアイは気付いた。
「その報告書には書かれていないはずですが、大佐がその怪我を負われたのはテロのあった南分室に向かう途中で車が爆破されたからです。その時、大佐ご本人の指示により現場をエドワード君に任せました。我々の中では彼が最高位でしたので」
「私が、あの子供に命令を?」
「はい。口ではどう仰っていても、大佐はエドワード君の実力を恐らく誰よりも理解なさっておられたはずですから」
無言で、ロイは考え込んだ。そんなことが本当にあるだろうか? あの、どこからどう見てもただの子供に、こんな重大な事件を任せるほどの信頼を置いていたと?
それほどの繋がりが、自分とあの子供の間にあったというのか?
「ちなみに、その報告書を書いたのもエドワード君です。それでもまだただの子供と仰るおつもりですか?」
厳しい声で問われて首を振る。報告書はあらを探す必要もないほどよく出来ていた。本当にこれが、若干十五歳の子供が書いたのかと疑いたくなるほどに。
軍人の中にだって、これよりもマシな文章が書ける者はそういないだろう。
「……中尉、私は彼に訊きたいことがある。呼んで来てもらえないか?」
「これ以上エドワード君を泣かせるようなことをしたら蜂の巣にしますよ?」
「君があの子を可愛がっているのはよく判った。善処する」
記憶がない以上約束は出来ないが、出来る限りそう努めよう。ロイが言うと暫く逡巡した後でホークアイは一つ頷いた。
時は、少しだけ遡る。
ロビーに残されたエドワードは、無言で病院の天井を眺めていた。まだ実感が湧かない。何かの間違いではないのかと、あれ程はっきりした言葉を聞かされた後だというのに思っ
てしまうのだ。
何者だ、などと彼の声で聞くことになる日が来るとは思ってもみなかった。そんなこと、想像したこともなかった。
「……少尉、俺……どうしたらいいのかな」
ポツリ、呟くようにエドワードは零した。がりがりと頭を掻き、ハボックは答えに窮する。何と言って慰めたものか、彼にだって判らないのだ。
大丈夫、すぐに思い出すさ。などと気休めを安易に言ってしまっていいものか。
「ゴメン、判ってるんだ。今はどうにもならないってさ。けど……」
ブルブルと、膝の上に置いた小さな手が震えているのが判り、ハボックは思わず手を伸ばしてそれを包み込んだ。どうにも放っておけなくて。
「スマン、俺にもどう言ったらいいのか判らん。けどな、こうしてたってどうにもならないのだけは確かだ。そうだろ?」
「……うん」
「お前がどれほど辛いかは判らねぇけどさ、俺達はいつだってお前の味方だ。俺達はここにいる」
「……うん、ありがとう」
蚊の泣くような声で礼を言い、エドワードは視線を横に座るハボックに向けた。時刻は深夜を大幅に回り、静まり返ったロビーには誰もいない。
その静けさが、頭の中を徐々にクリアにしていく。
今は、立ち止まっている場合ではないのだと。忘れられたのならば、新しい関係をここから築いていけばいいのだと。誰かがエドワードの背を押す。
「そうか、そうだな。俺は、こんなところで立ち止まってる場合じゃないんだよな」
そうしてエドワードの口から出た言葉は、不思議な強さに満ち溢れていた。喩えそれが空元気でも、小さく泣いているような声を出されるよりはずっといい。
ぐしゃりとハボックはエドワードの髪をかき混ぜ、次いで立ち上がった。大きく背伸びをする。彼にとっても今日は大変な一日だったのだ。司令部に戻ればやらねばならない仕事が山になっている。
「とりあえず大佐のことは伏せてなきゃならないんだよな? お偉方に余計なこと言われるとマズイしさ」
「あー、そうだな。お前のこと忘れてるったら五年分の記憶か? うはー、その間のことを全部イチから教えなきゃいけないのか」
「はは、まぁ頑張って」
「って、お前なぁ……」
「俺のことはいいから」
「大将?」
思わず言われた意味が判らずハボックは訊き返した。俺のことはいいって、それは一体どういうことなのか。
「いいんだ、俺とのことはさ。大佐は他にも覚えなきゃいけないことが山ほどあるんだから、俺との関係まで教えなくてもいい。後見人、それだけでいい」
「エド……、けど恋人だったんだろ?」
「だからそれも。言わなくていい。むしろ、今の大佐には枷になるから。そんな情報一つで、恋人扱いなんてされたくない」
きっぱり言い切って、強い焔を宿した金色の瞳でエドワードはハボックを見据えた。そして不敵に笑う。それは本質の強さに裏打ちされた綺麗な笑みで。
思わずハボックは見惚れてしまった。
「惚れさせてみせるよ、もう一度。今の俺を、今の大佐に。だからまだ、言わないで。黙って見守ってて」
「……大将、男前だな」
「何言ってんだよ、少尉。強がりかもしれないけどさ、いいんだ。あ、それから。上層部のことは俺に任せてくれる? 打っておきたい手があるんだ」
「何をするつもりだ?」
問われて、エドワードは小さく笑った。今の彼に、ロイの為にしてやれること。それは数少ないけれど。
「秘密。けど、これだけは信じて。これから先俺がどうなっても、俺は大佐を裏切らないから。大佐の不利益になることは絶対にしないから」
「大将……」
それは強い、けれどどこか悲しい決意。喩え報われることがなくても構わないという切実な覚悟。
尚もハボックが言い募ろうとした時、軍靴の音が響いた。ホークアイが戻って来たらしい。
「エドワード君、一緒に来てくれるかしら? 大佐がお呼びなんだけれど」
「大佐が? ……判った」
頷いてエドワードは腰を上げた。そこにはもう脆さも儚さも姿を消した、しなやかな少年の姿があるだけだった。
呼ばれて再びロイの前に立ったエドワードは、だがハボックと話すことで随分と心の整理が出来たのか真っ直ぐにロイを見つめた。美しい金色の瞳も今は凪のように静かだ。
「お呼びと伺いました、マスタング大佐。何かご用でしょうか?」
「いや……、君と話がしたいと思ってね。用と言うほどのことはないんだが」
「では、事件の報告をさせて頂きます」
言うエドワードはすっかり軍人の顔になっていた。そう、先ほどテロリスト達の前に立っていた時と同じ、冷静な顔に。心は穏やかだ。彼を前にしても、決意が揺らぐことはない。
これほど彼を想っていたのかと、内心で嗤うけれど。
(アンタの灯した焔は消えないよ、ずっと)
ゆっくりと、ゆっくりと、世界が止まる。そして、壊れる。けれど、壊れたものをもう一度作り出すのが錬金術師の本分だから。
好きだと言ってキスまで奪っておきながら、手の平を返したようにエドワードの存在を忘れた残酷な男。仕返しとばかりにエドワードもロイを忘れられればいいのに、既にエドワードはそうすることが出来なくなっていた。そうするにはもう、想いが深すぎる。今更なかったことには出来ない。
事件の報告を淡々と続けながら、エドワードはじっと自分を見つめる漆黒の瞳を見ていた。たった半日ほど前とはすっかりその印象を変えてしまった瞳を。
目は口ほどにものを言うとはなかなか的確な表現だと改めて思った。
ロイの瞳はいつも、エドワードに対する想いを映し出していた。だからこそ、どんなに離れていても不安ではなかった。
愛されていると、思えていたから。信じていることが出来たから。
彼が待っていると思えばこそ、出来るだけ怪我もしないようにしてきた。悲しい顔だけは見たくなかった。
だから、今度はエドワードが待つ番なのだ。
今までロイが待っていてくれた分を等価交換で返すのだ。ロイが護ってくれていた時間と等価の時間を、彼に差し出す番なのだ。
(俺はずっと待ってるよ、ロイ)
その誓いと共に。
報告を一通り終わらせ、エドワードはぺこりと頭を下げた。
ただの上司と部下の関係に戻ってしまったのであれば、長居は無用である。馴れ合いも必要ない。司令部ではアルフォンスが待っているし、長年追い続けてきた錬成を行わなければならない。こんなことさえなければ、もう決行していたはずなのだから。
「それでは、私はこれで失礼します。当面の連絡先はホークアイ中尉に伝えてありますので。では、失礼」
流れるように見事な敬礼を一つ残し、エドワードは病室を出て行った。唖然としたロイが口を挟む暇すらないままに。
「これでいいんだ、これで……」
廊下に出て緊張を解いたエドワードは苦しげに呟き、漆黒のコートに包まれた背を壁に凭れさせた。痛む胸の辺りを掴み、天井を見上げる。割り切ったと思ったのに、何故だか無性に泣きたくなった。もう随分と悲しい涙も痛みを堪える涙も流したことがないのに。
そうすることが尚更心を追い詰めることになるとは判っていたけれど、それでも泣くことは出来なかった。特にアルフォンスの前では固くそれを禁じていた。エドワードは、兄だったから。
「エドワード君……」
続いて病室を出たらしいホークアイが労わるように名を呼んだ。それはまるで包み込むような響きで。
だがそれではいけないと、エドワードは表情を取り繕って無理矢理笑顔を浮かべた。そして言う。
「中尉、俺は帰る。アルも待ってるし、あんな無能に付き合ってる場合じゃないしさ、ホントは」
「ちょっと待って、エドワード君、あなた……」
やはりそんな言葉では騙されなかったのか、どこか焦った様子でホークアイはエドワードに近付いた。これから彼が何をするつもりなのか、その思惑を悟ってしまったからかもしれない。
「このまま見逃してよ、中尉。ダメなんだ、今優しくされたら多分泣くから。俺は大丈夫。喪うことには慣れてる」
それはとても悲しい言葉で。
この四年、ずっと近いところでエドワードを見守っていたホークアイにとっては、まるで拒絶にも近い言葉だった。けれど、唯一彼が泣ける場所になるはずだったロイは、彼のことを欠片も覚えていなくて。
「喪うことに、慣れるはずがないじゃない……」
「それでも、俺は前に進むしかないんだよ、中尉。失恋なんかで立ち止まってる場合じゃない。だってさ、よくあることだろ? 失恋の一つや二つ。少尉なんか日常茶飯事だしさ」
わざと軽い方向に話を纏めて、もう一度エドワードは笑った。それはどこか自嘲の笑みにも見えたけれど、まだ諦めてはいないと告げるようでもあって。
「成功したら中尉には連絡入れるから。大佐には内緒にしてくれる? 俺のことなんて何も話さなくていい。多分、その方がいいんだ。時期が来たら、俺の口から言うからさ」
「……本当に?」
「だって仕方ないだろ? いいんだ、覚えてるのも想い続けるのも俺だけで。こうなって初めて思い知ったんだけど、俺の中でも大佐って結構特別だったみたいだから」
悲しげに、寂しげに、けれど何故か強さを感じさせる笑顔を見せるエドワードを、思わずホークアイは抱き締めてしまった。本当に健気で。だからこそロイへの怒りが募って仕方がなくて。
だがエドワードはそれを見透かしたように言った。
「大佐を責めないでよ。何も悪くないんだし。仕方がないんだよ、中尉」
「一発殴ったら元に戻らないかしら?」
「あ、それは是非試しておいて」
「判ったわ。……気を付けてね。きちんと連絡を頂戴?」
「ああ、約束する」
そうして、綺麗な笑顔を見せてからエドワードは彼女に背を向けた。
この想いが何と等価交換になるのかは判らないけれど、夢を叶えた後のビジョンが今はっきりと見えたから。
だから、今は恐れずにただ前へ。
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