微睡みを破るのは、鳴り響いた一本の電話。
いくら私服姿とはいえ、いくらデート中とはいえ、大通りをロイに手を引かれて歩くのは死ぬほど恥ずかしかった。ショーウィンドウに映る二人の姿は、紛れもなく大人と子供でしかなくて。
そこで漸くエドワードは気付く。二人の釣り合いが取れていないことに。
道行く人には二人がどんな関係に見えるのだろう?
……少なくとも、恋人同士には絶対に見えないに違いない。いいトコ、親戚か何かだろう。兄弟と言うにはあまりにも髪の色さえ違いすぎる。
「鋼の? どうした?」
急に歩みを止めたエドワードを振り返り、怪訝そうな声でロイは尋ねた。だがエドワードの表情である程度のところを察したのだろう。ゆっくりと腰を曲げ目線をエドワードに合わせると、真摯な声で囁いた。
他の何にも、エドワードの意識が向かないようにしながら。
「鋼の、君は今誰と歩いているのかね?」
「……大佐」
「そうだ。君は私の恋人で、私は君の恋人なのだろう? 何を恐れることがある?」
その言葉に、驚きのあまりエドワードは目を瞠った。見透かされた、そんな色を僅かに瞳に浮かべながら唇を噛む。恋愛経験も豊富で場慣れしているロイとは違い、エドワードは初心者だ。こんな時に咄嗟に出る巧い言葉など思いつく筈もない。
「エドワード」
「……え?」
「確かに今君は子供かもしれない。けれど、五年後は? 十年後は? その頃には誰にも子供などと呼ばせないよ?」
「……大佐……」
五年後、十年後。本当はその時二人がどうなっているかなど、きっと誰にも判らない。けれど。そんな未来のことをさも当たり前のように紡ぐロイの言葉が本当に嬉しくて。
本当にそう在れるような気がして。
ギュッとロイの手を握り返し、エドワードは小さく笑った。それは子供らしくない笑みだったけれど、今のエドワードには精一杯のもので。
再び一緒に歩き出そうとした足は、だが勢い良く近付いてきた軍用車によって止められた。二人の近くで停止し、見知った男が降りて来る。
「大佐! 事件です!」
「……何だ、ブレダ。私は見ての通りデート中なのだが?」
「確かにデート中ですね、エドと。けど仕事は仕事ですから。南分室がテロリストの襲撃を受けました」
「!! 中尉は?」
「情報を集めている最中です。犯行声明を出したセクトは、俺が司令部を出て来た時点で三つ、もしかするとまだ増えてるかもしれません」
そこまで一気に言って、ブレダはロイの返事を待った。待つと言っても、休日返上の答えしか有り得ないのだが。
個人的にはどうであれ、公的な立場というものがロイにはある。そればかりはどうすることも出来ないし、本来ならばどうするつもりもない。仕事が入ったからと人好きのする笑みを浮かべて、別れの言葉を唇に乗せればいいだけのことだ。今までの女性には皆そうしてきた。
けれど。
強烈に後ろ髪を引かれるのは何故だろう?
今ここを立ち去り難いと、離れてしまいたくないと思うのは、やはり本気だからなのだろうか。それとも……仕事を第一に出来ないほどエドワードに溺れているのだろうか?
だがそんなロイの物思いをものの見事に打ち壊したのは、エドワードの鋼の左足だった。
「んなことしてねーでさっさと行けよ! 仕事だろ! アンタがいなくちゃ始まらねーんだろ?」
「鋼の……」
同僚というのも良し悪しだな、ぽつりロイは思った。仕事に理解があるのは嬉しい。……嬉しい、のだが。何となくそれはそれで寂しいような気もする。どうせなら行かないで、なんて縋りついてくれてもいいのだが。
「だーから! 変なこと考えてねーで行けよ! 中尉に撃たれてテロリストよりも前に蜂の巣になるぞ!」
「それは困る」
一瞬想像してしまい、げんなりとロイは肩を落とした。そしてエドワードを見据え言う。
「済まない、鋼の。せっかく来てもらったというのに……」
「仕方ないだろ、仕事なんだから。じゃあ、俺は帰るわ。またそのうち、な」
「ああ。またな」
まさかこれが、別れの挨拶になるとは思わず。
ロイを乗せた軍用車は司令部へ、エドワードは徒歩で駅へと、正反対の道を歩き始めた。
この先に待つものを、今は誰も知らない。
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